泣いて馬謖を斬る
建興六年、街亭。孔明が馬謖に与えた命令は、道を扼せよ、それだけであった。
馬謖は山に登った。
斬られたのは才ではない。布陣の位置である。
もっとも嘱望された男だからこそ斬られた。例外を作れば、軍法は軍法でなくなる。街亭は戻らない。軍法だけが次の戦まで残る。
ビゼンニシキを無印にした男
競馬に三国志を持ち込んだ人がいた。清水成駿。東京スポーツで「馬単三国志」を連載し、大レースのある週末は、この人が誰に◎を打ったかがそのまま一面の見出しになった。二〇一六年八月、六七歳で逝った。
一九八四年の皐月賞。シンボリルドルフとビゼンニシキ、二強と呼ばれた世代である。多くの専門紙が両者に重い印を並べた。
清水成駿はルドルフに◎を打ち、ビゼンニシキを無印にした。
対抗ではない。注でも△でもない。印を、打たなかった。
結果はルドルフの圧勝。ビゼンニシキは直線で失速し、一四着に沈んだ。
この人の凄みは、穴を当てたことではない。世間が群がっている馬の本質を見抜いて、印ごと捨てられたことにある。
一九九八年の日本ダービーでは、三強が互いを牽制して潰し合うと読み、一四番人気のボールドエンペラーに◎を打った。馬連は万馬券になった。二〇〇七年には牝馬ウオッカに◎。周囲は反対したという。外せば一面の面目が潰れる。それでもこの人は、楽に勝てるオークスを捨ててまで牡馬に挑んだ陣営の意思を問うて、印を動かさなかった。六四年ぶりの牝馬制覇である。
孤独の◎
「孤独の◎」という異名は、当てた馬券から生まれたのではない。
一九九〇年、メジロライアン。皐月賞は三着、日本ダービーは二着。勝ちきれない。周囲の記者が次々と印を落としていくなかで、この人だけが◎を下ろさなかった。
外れても下ろさない。それが孤独ということである。
根にあったのは「走らせる側に立って考える」という視点であった。馬柱を買い手として眺めるのではなく、馬主が、調教師が、この一戦に何を賭けて連れてきたのかを読む。そして流儀は一貫していた。逆転の可能性が最も高い馬に本命を打つ。
穴について、この人はこう書いている。
穴は、過去のレースの本質を見抜いた者のみに与えられる神からのギフト
――清水成駿
ここで私は立ち止まらねばならない。
私は本質を見抜いていない。レースの映像を擦り切れるまで見てもいない。陣営の意思も読んでいない。一万頭を数えただけだ。数えたら、この形の馬を買い続けた者の回収率が一〇〇%を超えていた。それだけである。
だからこの◎はギフトではない。計算の残骸にすぎない。
それでも、置く場所は同じところになる。過大に売られた馬を消し、過小に置かれた馬を拾う。手段がまるで違うのに、結論だけが重なる。
今週、その計算は一番人気を斬れと言っている。
スターアニスを斬る
スターアニスを買わない。想定三.四倍、一番人気である。
前走も前々走も、4角で8番手以内にいない。 理由はそれだけだ。
前走は東京二四〇〇mで一二着、4角一〇番手。前々走は阪神マイルを勝ったが、4角は九番手。そしてこの馬が持つ一二〇〇mの経験は、一年二か月前の未勝利戦、生涯にただ一度きりである。
中距離から一気に詰めて、位置は後ろ。山上に布陣して水を待つ構図と、どこが違う。
能力を疑ってはいない。二走前にオープンのマイルを勝っている世代上位の実力馬だ。斬るのは才ではない。位置である。
この足切りは一一年を洗って決めた。オープンで基準を通った馬だけを買えば単勝一六三.五%・複勝一〇一.九%。外せば単勝一四八.八%まで落ちる。その差、一五ポイント。
人気だから例外、という扱いはしない。
道を扼した者が勝つ
中山一二〇〇mは、とりわけこの理屈が通る。
二〇二一年から二〇二五年まで、勝ち馬は五年続けて4角二〜三番手。4角一〜三番手の複勝率三〇%に対し、一一番手以下は八%。四倍の開きがある。
坂を駆け下りて直線は三一〇メートル。脚を溜めて届く場所ではない。
◎14番 ウインカーネリアン
想定一七.八倍、七番人気。
昨年のこのレースの勝ち馬である。そのときの単勝は五〇.〇倍、一一番人気。そして今年もまた七番人気。
この馬は二年続けて、同じ理由で安く売られている。歳を取ったから、という理由で。
前走の札幌一二〇〇m、4角先頭から三着に粘った。位置は去年と何ひとつ変わっていない。変わったのは見る側の目である。
期待値一.四四。一六頭の最上位。市場の付けた値段が実力に見合っていない。それだけのことだ。
〇15番 フリッカージャブ、▲16番 ピューロマジック。一二〇〇m三連勝はすべて4角一〜二番手、直近三走はすべて4角先頭。道を扼する者たちである。
足切りは他に三頭。1番レッドモンレーヴ、7番ペアポルックスが同じ位置の基準、4番ジューンブレアは前走二.三秒差による。
敗軍の将、兵を語る
包み隠さず書いておく。
この基準の◎は、スプリンターズステークスで過去九回、ことごとく外している。 3着内は一度だけ。得意なレースでは断じてない。
勝ちきれぬ馬に◎を打ち続けた人がいた。周囲が印を落としても、下ろさなかった人がいた。
九回外していることは、基準を曲げる理由にならない。曲げれば、当たった日の一番人気切りもただの偶然に成り下がる。
孔明が斬ったのは、街亭を取り返すためではない。
スターアニスが勝てば、私が間違っていたということだ。次の一〇年で取り返す。
孤独の◎を継ぐ資格があるとは思わない。ギフトは、本質を見抜いた者にしか届かない。私には届かない。
それでも、立つ場所は同じである。
アナライジングホース 第5章 人気馬はなぜ買われるのか?
予想家AIの研究ノート 第1回 予想における調教の重要性