■はじめに■
十六年前に書いた「アナライジングホース」というマニュアルの第四章で、私は「偽データ分析派」という言葉を使いました。データの都合のいい期間だけを切り出して、あたかも儲かるかのように見せる手口のことです。
十六年が経ちました。手口はひとつも変わっていません。変わったのは、掲示される数字の桁だけです。
回収率120%では客が集まらなくなり、今は回収率1000%超が並んでいます。
そこで今回は、この数字を分解します。罵倒するだけなら誰にでもできますので、なぜ成立しないのかを計算で示します。
■第1章■ ~貴方は誰と戦っているのか~
まず控除の話から始めます。
馬券は売上から20%または25%が控除されています。貴方の馬券力が馬券購入者全体の平均に位置するなら、買うたびに20%ないし25%分のマイナスが計上されていきます。
ここで大事なことを繰り返します。貴方が超えなければならない相手は、JRAではありません。馬券購入参加者全体です。JRAは控除して配当するだけですから、誰がいくら当てようと収支には一銭も関係ありません。
では、その参加者全体はどれほど賢いのか。手元にある2020年以降の全平地レース、31万8,652頭で確かめました。
| 単勝オッズ | 頭数 | 勝率(%) | 単勝回収率(%) | 1点あたりσ |
|---|---|---|---|---|
| 〜1.5倍 | 1,672 | 61.7 | 84.2 | 0.67 |
| 1.5〜2.5倍 | 10,205 | 38.8 | 79.5 | 1.01 |
| 2.5〜4倍 | 20,862 | 25.1 | 82.0 | 1.43 |
| 4〜7倍 | 36,903 | 14.7 | 78.2 | 1.91 |
| 7〜10倍 | 25,101 | 9.4 | 77.9 | 2.44 |
| 10〜15倍 | 28,448 | 6.7 | 82.6 | 3.09 |
| 15〜20倍 | 21,762 | 5.0 | 87.0 | 3.80 |
| 20〜30倍 | 29,099 | 3.3 | 79.5 | 4.34 |
| 30〜50倍 | 34,623 | 2.0 | 74.9 | 5.34 |
| 50〜100倍 | 42,759 | 1.1 | 74.6 | 7.26 |
| 100倍超 | 67,218 | 0.3 | 49.6 | 9.87 |
読み方は二つあります。
ひとつ。人気になる馬ほど、よく走ります。勝率は1.5倍未満で61.7%、100倍超で0.3%。参加者全体の未来予測は、的中という点では驚くほど正確です。ここを否定する馬券術は、まず疑って構いません。
もうひとつ。それでも回収率は、どの帯でも100%に届きません。最も高いのが15〜20倍帯の87.0%、最も低いのが100倍超の49.6%です。
十六年前に私は、7倍から20倍のゾーンが最も控除のハードルが低いと書きました。2020年以降のデータでも、10〜20倍帯が回収率82.6%と87.0%で他を抜いています。ゾーンの優位は、まだ残っていました。
しかし、その最もハードルの低い場所を選んでも、回収率87.0%です。13ポイント足りない。ここから回収率100%を超えるために、我々は消去法で馬を絞るという面倒な作業をしているわけです。
その壁の高さを頭に入れたうえで、回収率1000%超という掲示を見て下さい。
■第2章■ ~公開した瞬間に消えるもの~
回収率1000%超とは、どういう主張でしょうか。
払戻の期待値が、賭けた金の10倍あるということです。言い換えれば、市場が示している確率の10倍の確率で来る馬券を、継続的に見つけているという主張になります。
ここで思い出して下さい。日本の馬券はパリミュチュエル方式です。ブックメーカーが提示する固定オッズではありません。オッズは、賭け金の配分そのものです。
10倍の歪みがある馬券に、有料会員が一斉に乗ったらどうなるか。
その馬券に金が集まります。オッズが下がります。歪みは消えます。
三連単の一点あたりの売上は、多くても数百万円程度です。会員が数百人いれば、それだけで潰せる規模です。
つまり「有料で公開されている回収率1000%超」は、嘘かどうか以前に、公開という行為そのものによって成立しなくなる主張なのです。
本物の大きな歪みを見つけた人間は、絶対に売りません。売った瞬間に自分の取り分が消えるからです。これは道徳の話ではなく、算術の話です。
■第3章■ ~売るより買った方が得である~
もう一つ、単純な話をします。
回収率1000%超とは、一回転で10倍です。週に一回転させるなら、100万円が一年で天文学的な額になります。
もちろんプールの上限で止まります。しかしその上限は、購読料収入よりはるかに上です。三連単の一点に10万円入れても、多くのレースで回収できます。仮に週50万円しか入れられないとしても、10倍なら週450万円の利益です。
月額数万円の情報を売る理由が、どこにもありません。
販売しているという事実そのものが、その数字に対する反証になっています。
唯一成立しうる反論は「プールの制約があるので、自分で買える以上の部分を情報として売っている」というものです。ならば、いくら賭けたときの回収率なのかを書かなければ意味がありません。
一点100円の回収率と、一点10万円の回収率は別物です。オッズが動くからです。金額の書いていない回収率は、実運用の数字ではありません。
■第4章■ ~短期の高回収率は、腕の証拠にならない~
ここから統計の話になります。やや面倒な箇所ですが、飛ばさずに読んで下さい。ここが分かると、掲示された数字を見た瞬間に判定できるようになります。
1999年以降の全レース、9万5,682レースについて、「無作為に一点だけ買ったとき、一点あたりの払戻倍率がどれだけばらつくか」を計算しました。
| 券種 | 無作為の回収率(%) | 1点あたりσ |
|---|---|---|
| 複勝 | 73.7 | 2.53 |
| 単勝 | 72.1 | 5.57 |
| ワイド | 59.9 | 6.98 |
| 馬連 | 58.7 | 14.95 |
| 馬単 | 59.8 | 23.24 |
| 3連複 | 53.6 | 36.59 |
| 3連単 | 57.3 | 109.66 |
回収率が控除率より低く出ているのは、無作為に買うと大穴を過剰に持つことになるからです。表1の100倍超が回収率49.6%だったのと同じ理由です。
見て頂きたいのは右端です。標準偏差、つまりばらつきの大きさです。
三連単は109.66。平均から100倍ぶれるということです。
これが何を意味するか。三連単を20点買って、1回当たれば、それだけで回収率は1500%になります。
腕は一切要りません。無作為でも普通に起こります。
ですから、短期間の回収率1000%超という数字は、嘘だと言う必要すらないのです。本物であっても、腕については何ひとつ語っていません。
これが、私が十六年前に「偽データ分析派」と呼んだものの正体です。彼らは数字を捏造しているとは限りません。ばらつきを腕と呼び替えているだけなのです。
■第5章■ ~本物なら、証明はむしろ簡単である~
ここが今回の要点です。
統計には検定というものがあります。「この回収率は偶然ではない」と言うために必要な点数は、計算で出ます。ばらつきが大きければ多くの点数が必要になり、主張する回収率が大きければ少ない点数で足ります。
では、回収率1000%超が本物だとして、それを95%の確信で示すには何点必要でしょうか。
| 券種 | 必要な点数 |
|---|---|
| 複勝 | 1 |
| 単勝 | 2 |
| ワイド | 3 |
| 馬連 | 11 |
| 馬単 | 26 |
| 3連複 | 64 |
| 3連単 | 571 |
ばらつきが最も大きい三連単でも、571点です。週に20点買うなら、半年分の記録で足ります。
ここで考えて下さい。
本物なら、締切前のタイムスタンプを付けた半年分の記録を並べるだけで、統計的に証明できるのです。特別な数学も、秘密の指数も要りません。点数を並べるだけです。
それなのに、全レース・全点数・全期間を、第三者が検証できる形で出しているサイトが、ひとつも存在しません。
証明が簡単なのに、誰も証明しない。理由はひとつしか考えられません。
■第6章■ ~では、どこまでなら信じてよいのか~
批難するだけでは片手落ちですので、逆側も書きます。
同じ計算を、回収率105%から200%まで並べたものが表4です。
| 券種 | 回収率 105% |
回収率 110% |
回収率 120% |
回収率 150% |
回収率 200% |
|---|---|---|---|---|---|
| 複勝 | 9,836 | 2,459 | 615 | 99 | 25 |
| 単勝 | 47,675 | 11,919 | 2,980 | 477 | 120 |
| ワイド | 74,866 | 18,717 | 4,680 | 749 | 188 |
| 馬連 | 343,443 | 85,861 | 21,466 | 3,435 | 859 |
| 馬単 | 829,936 | 207,484 | 51,871 | 8,300 | 2,075 |
| 3連複 | 2,057,297 | 514,325 | 128,582 | 20,573 | 5,144 |
| 3連単 | 18,478,581 | 4,619,646 | 1,154,912 | 184,786 | 46,197 |
無作為のままでは点数が膨らみますので、実際の買い方に近い条件でも測りました。人気で絞るとばらつきが小さくなり、必要な点数も減ります。
| 買い方 | 実測の 回収率(%) |
1点あたりσ | 回収率 105% |
回収率 110% |
回収率 120% |
|---|---|---|---|---|---|
| 複勝・1番人気 | 79.6 | 0.60 | 553 | 139 | 35 |
| 複勝・1〜3番人気 | 73.2 | 0.72 | 794 | 199 | 50 |
| 単勝・1番人気 | 79.8 | 1.21 | 2,253 | 564 | 141 |
| 単勝・1〜3番人気 | 79.4 | 1.70 | 4,443 | 1,111 | 278 |
| 単勝・4〜9番人気 | 77.1 | 4.20 | 27,069 | 6,768 | 1,692 |
| 単勝・10番人気以下 | 63.3 | 8.79 | 118,633 | 29,659 | 7,415 |
複勝の回収率は、算出に複勝オッズの下限値を用いていますので、実際よりやや低く出ています。ばらつきの大きさは変わりません。
さて、この二つの表から読めることが、ひとつだけあります。
複勝の本命は、ばらつきが0.60しかありません。ですから139点、週に20点なら二か月ほどで、回収率110%を証明できます。ただし、回収率110%止まりです。
三連単は回収率150%でも18万点必要です。週に20点買うなら、170年以上かかります。当たれば大きいのですが、何年買い続けても証明できません。
つまり、こういうことになります。
証明できる範囲と、高い回収率が出る範囲は、逆を向いている。
低い回収率は証明できますが、大きくは儲かりません。高い回収率は儲かりますが、永遠に証明できません。
高回収率を謳うサイトは、この隙間に住んでいます。証明されていないのではなく、証明できない券種を選んでいるのです。三連単と三連複の推奨がやたらに多い理由は、配当が大きいからだけではありません。そこが唯一、嘘をついても永久に見つからない場所だからです。
■第7章■ ~貴方が確かめるべき六つのこと~
有料の予想を買うかどうか迷ったときは、次の六つを尋ねて下さい。
- 締切前の記録を、第三者が確認できる形で残していますか
- 見送りと抑えを含めた全件ですか。除外はありませんか
- 券種ごとに分けた数字はありますか。合計だけではありませんか
- 一点いくらですか。その金額でオッズは動きませんか
- その歪みが、なぜ市場に残っているのかを説明できますか
- 掲示している期間は、記録の全期間ですか
六つとも答えられるサイトは、まずありません。そして一つでも答えられないなら、その回収率は数字として読めません。
特に三番目は効きます。券種を混ぜた合計回収率は、三連単の一撃を複勝の的中率で薄めた数字です。混ぜてしまえば、何も検証できなくなります。混ぜてあるものは、混ぜる理由があって混ぜてあります。
■おわりに■
十六年前のマニュアルに、私はこう書きました。間違った馬券術が存在するからこそ、馬券で儲ける手段が残されている、と。
今も同じ考えです。
回収率1000%超を信じて人気馬の多点買いに金を投じる人がいる限り、その過剰投資分は、別の場所で待っている誰かの配当になります。表1の15〜20倍帯が回収率87.0%まで戻っているのは、その誰かの取り分です。
ですから私は、この種のサイトが全部消えてしまえばよいとは思っていません。競馬の楽しみ方の一つとして夢を買うのなら、何の文句も申しません。
ただ、それを正論として理屈付け、投資と呼んで売りつける側に、貴方のお金を支払うのはやめておいた方が良いと申し上げているだけです。
控除の壁は、最も低いところでも13ポイントあります。
それを超える道は、10倍の夢の側にはありません。0.1倍の積み上げの側にあります。
アナライジングホース 第5章 人気馬はなぜ買われるのか?
予想家AIの研究ノート 第1回 予想における調教の重要性