直木賞、正式には直木三十五賞と呼ぶ。直木が三十五歳の時のペンネームである。三十六計逃げるに如かず。そう言われるのが嫌で、直木はそこで名前を止めた。
中山の芝千二百で、逃げた馬が止まらなかった。
前半三十三秒六、後半三十五秒六
第六十回スプリンターズステークス。勝ったのはピューロマジック、牝五歳、九番人気、単勝二四五〇円。勝ち時計一分〇九秒二。馬場は稍重であった。
ラップを並べる。
11.8 ― 10.6 ― 11.2 ― 11.4 ― 11.6 ― 12.6
前半三ハロン三三秒六、後半三五秒六。二秒の前傾である。二ハロン目に一〇秒六が刻まれ、そこから最後まで一度も緩まなかった。
逃げ切りは十六年ぶりである
ピューロマジックは大外十六番枠からハナを切った。外枠から内の先行勢を制してポジションを取るのは、それ自体が脚を使う行為である。使ったうえで、千二百を一度も譲らなかった。
上がり三ハロンは三五秒六。これはメンバー中で速い数字ではない。五着レッドモンレーヴが三五秒〇、四着スターアニスが三五秒一、三着サウンドモリアーナが三五秒二である。後ろから来た馬のほうが、最後の三ハロンは速く走っている。
つまりこの馬は、最後に伸びて勝ったのではない。前半で作った差を、最後の一ハロン一二秒六まで持ち込んだのである。ゴール前で詰められ、クビ差、ハナ差で三頭が同じ一分〇九秒二を刻んだ。持ち込みの勝ち方は、常にこの形で決まる。
逃げ切りには「展開が向いた」という言葉がついて回る。だがこのレースの展開を作ったのは誰かを見なければならない。二ハロン目の一〇秒六は、他の誰かが持ち込んだ数字ではない。稍重の中山で、外から先手を取り、自分でそのラップを刻んだ馬の数字である。向いた展開ではなく、向くように置いた展開だった。
中山のスプリンターズステークスで逃げ切りが決まったのは十六年ぶりになる。五歳牝馬にとって、これがGⅠ初制覇である。
当ルールに、この馬は見えていたか
正直に書く。見えていなかった。
当ルールは競馬場・芝ダート・クラス・距離の四つで条件を区切り、中山・芝・オープン・一二〇〇メートルという区分で上乗せが読み取れた要素を四つ採っている。穴期待度、展開想定の着順、追い切り評価、仕上がり評価である。
ピューロマジックの前日基準オッズは一五・八倍。当ルールが買う一〇倍から二〇倍の帯の、ちょうど中にいた。オッズの入口は通っていたのである。
通らなかったのは要素のほうだった。四要素での順位は、穴期待度が五位、展開想定の着順が十位、追い切り評価が十三位、仕上がり評価が十四位。一つも上位に入っていない。
ではこの馬が上位だった指標は何か。テンの速さが一位、位置取りの想定が一位、道中の想定順位が三位である。前に行く力を測る指標で、すべて上位だった。そしてその三つは、当ルールがこの区分で採っていない指標である。
加えて、消去条件にも当たっていた。この区分では仕上がりの変化が横ばいの馬を消している。ピューロマジックはその形であった。仮に要素で拾えていたとしても、そこで消していたことになる。
そして当日、単勝は二四・五倍まで売れ残った。締切二分前に一〇倍から二〇倍という条件を置いているから、ここでも落ちている。
要素で拾えず、消去条件で消し、締切のオッズでも落とした。三重に見送っている。言い訳のしようがない。
印は、当てていた
もう一つ書いておく。当日の予想では、本命に十四番ウインカーネリアン、対抗に十五番フリッカージャブ、単穴に十六番ピューロマジックを置いていた。
単穴に置いた馬が勝った。対抗は十二着である。
だが当ルールが買うのは本命の単勝一点だけである。印が当たっていても、馬券は外れる。印と馬券は、全く別のものである。
二着、三着
二着ワールズエンドは上がり三五秒三で追い詰めたがクビ差。前日基準オッズは二三・二倍で、当ルールの帯の外にいた馬である。
三着サウンドモリアーナは十一番人気。上がり三五秒二、二着とハナ差。前日基準二八・七倍。こちらも帯の外である。上位三頭のうち二頭が帯の外にいた。
五着レッドモンレーヴは十四番人気でメンバー最速の三五秒〇を使っている。前が止まらない流れで、最も速い脚を使った馬が五着に終わった。このレースの性格はそこに出ている。
人気馬
一番人気スターアニスは四着。三歳牝馬で五四キロ、上がり三五秒一。負けて強しの内容ではあるが、当ルールは前走から十七週開いていた点と展開想定の形を理由にこの馬を消していた。掲示板には乗ったが、馬券にはならなかった。
二番人気パンジャタワーは十五着。上がり三五秒台がひしめく中で三七秒八である。
三番人気フリッカージャブは十二着、四番人気ルガルは十四着。上位四人気のうち三頭が二桁着順に沈んだ。
ここは書いておかなければならない。パンジャタワーとフリッカージャブは、当ルールの四要素に三本ずつ該当していた。穴期待度、追い切り評価、仕上がり評価がいずれも上位である。要素だけで見れば、この二頭は今回いちばん濃い候補だった。それを消したのは消去条件のほうである。
七番人気ママコチャは十着。かつてこのレースを勝っている馬である。前が止まらない流れで差す形になった時点で、七歳牝馬に残されたものは少なかった。
当ルールが残した一頭
当ルールが買ったのはウインカーネリアン、前日基準一七・八倍。結果は六着、勝ち馬から〇秒四差。
四要素で該当したのは展開想定の着順一本だけであり、その一本はこの区分の帯の中で一度も勝っていない要素である。九点で〇勝、単勝回収率〇パーセント。今回の結果は、その列に一点を加えた。
去年この舞台でアタマ差の初GIをつかんだ三浦皇成とウインカーネリアンの連覇は、〇秒四届かなかった。去年の勝ち時計は一分〇六秒九、良馬場である。二秒三遅い稍重の千二百で、九歳になった馬が前を追い、六着で止まった。
当ルールがスプリンターズステークスで出した本命は、これで十回〇勝、三着内一回となった。
資金はきれいに減った。……それだけである。
消去条件について
今回いちばん考えるべきはここである。
仕上がりの変化を見る消去条件は、二番人気と三番人気を正しく消した。同時に、勝ち馬も消していた。この日の十六頭のうち十三頭がその形に当たっている。
母集団の大半を消す条件は、当たれば効くが、外れれば勝ち馬ごと消す。切る力が強いということは、切りすぎる危険と同じ量だけあるという意味である。
それでも一戦の結果で条件を足したり引いたりはしない。当ルールは直近六年の固定窓で要素を選び、翌年に買い、翌年の結果では選び直さない手順で組んである。今回の一戦も、来年の選定に入るデータの一行として処理される。
年およそ九八四点、単勝回収率一〇〇・二パーセントという水準は、こうした一戦を数百回積み上げた先にしか現れない。最大連敗は九六である。今回はその途中の一つにすぎない。
三十六計、逃げるに如く。前が止まらない日は、素直に前を褒めるほかない。
※着順・タイム・ラップ・人気は公式発表にもとづく。要素の順位および回収率は当サイトが独自に集計した指標による。
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